ぼくはある日ふと思った。
「この世の中から死がなくなったら、皆が死ななくなったらなんと素敵だろう。」と。
そこでむらの奥ボワボワ山の麓に住む長老に相談しに行くことにした。
彼は村一番の物知りで、ぼくのお爺さんのことも、そのまたお爺さんのことも、
そのまたお爺さんのことも何でも知っている。
「ねえスライジイ、ぼくは不死の薬があったらいいと思うんだけど、
どこにあるか知らないかい。」
「知っておるよ。」
どこか悲しそうな目をして彼は答えた。
「ほんとうに知ってるの?それはどこにあるんだい。」
「ボワボワ山の頂上ぢゃよ。」
「え、あの奇妙な声のする山かい。」
「そうぢゃ。あの山の頂にミョキマキと言う木がはえている。
その実を食べれば、不死の人になれるんぢゃよ。」
「きっとそこまで行くのは大変なんだろうね。」
「いや、そうでもない。冬の山は吹雪でちょっと危ないが、
ちょうど木の実のなる秋口は、穏やかな陽射しが続く天国のような所ぢゃ。
ヘミングバード、君にも一人で行ける所ぢゃよ。」
「それじゃあひとつ行ってみようかな。」
「そうか、それはありがたい。
ヘミングバード、君はとても賢い子だ。きっとわしの代わりをしてくれることぢゃろう。」
「え、どういうことだい。それに、そんなに簡単に行ける所なら、
どうして皆はミョキマキの実を採りに行かないんだろう。」
「君がミョキマキの実を採りに行く前に、
この話だけはしておかなければならないのお。」
「今から500年も前のことぢゃ。
この村の人々は考えた。”死ぬことが無ければいいのに”とな。
そこで皆でミョキマキの実を食べたんぢゃ。
そしたら誰も死なないもんで、30年も経つと村人の数が増えすぎて、
住む家も食べるものも無いようになってしまった。
食べられる草木は全て食べてしまい、しまいには木の実5個で1年を暮らさなくてはならなくなってしまった。
皆は腹ペコでな。食べ物をめぐって殺し合いの争いも起きた。
それでも誰も死ななかった。不死の身だからの。
そんなことが10年も続くと、皆心身ともに疲れ果てた。
このままでは生き地獄になってしまう。
そこで皆で話し合った。
そして不死の実を食べていない子供達と、
その面倒を見る大人一人を残してボワボワ山の洞窟に身を捨てることにしたのぢゃ。
やがてこの村は平穏な村に戻った。
一人残った大人は、以来この村が二度とあのような悲劇を繰り返さぬように、
この村を見守ってきたのぢゃ。」
「もしかしてスライジイがその人なの。」
「わしは数えきれない程の妻や子、孫、そして友人を送ってきた。
わしもほとほと疲れた。
そろそろお役ご免をさせてもらって、
仲間がいるボワボワ山に行きたいと思っていたところぢゃ。
ヘミングバード、君は賢い子ぢゃ。
君ならきっとわしの代わりをしてくれることぢゃろう。
ミョキマキの実を食べてくれるな。」
なんかマズイことになってしまったな。
「ウーン、悪いけどスライジイ、今度にしておくよ。」
ぼくはそう言うと、さよならを言ってスライジイの家を出た。
大きく左に曲がった道を途中まできてスライジイの姿が見えなくなると、
ぼくは一目散に走り出した。
|